双色の勇者

いつか果たされる約束
果たすために全ての力を尽くし
その先に何があるのか

 アズールとバーキアは確かに親友だが、何もかもを打ち明けていたわけではない。かつて秘密は当然のように存在したし、現在もまた秘密は存在する。少なくとも、全てを秘めぬ関係を二人は肯定しない。
 だからアズールは一人、ここにいる。
 昨日の今日だ。酒で濁った記憶から拾い集めた情報を元に考えれば、バーキアに相談するのは論外となる。誰だかわからない相手は、バーキアではなくアズールへと話を持ってきた。本来であれば、この国で最も名の知れた強者はバーキアとなるはずなのに、存在しないはずのアズールへと直接の接触を選んだのだ。二人を分断するだけならば、バーキアを選んでもおかしくないはずなのに。
 相手はアズールの知らない何かを知っているからこそ、目の前に現れた。アズールはそう考えるからこそ、一人で夕の闇へと身を躍らせる。
 国という体面を保っている以上は防諜も対策が施されている。以前のように単純に侵入しようとしたところで、結界に防がれるか、守人に捕らえられるかのどちらかだ。
 それを超えてアズールの前に姿を現したということは、可能とするだけの力を持つものか、そうでなければ超える必要の無いものだということになる。
 人外の獣のように空間と空間をつなぐ術が無いとも限らないが、バーキアでさえ理論を弄ぶ段階だ。少なくとも人間一人を国から国へと転移させるだけでも莫大な準備と手間がかかるらしい。さらにそれは転移先でも容易に探知できる。そんなものを国が放っておくはずがない。
 調査の途中、聞いて回った話と自分の中に在る知識を総合すればおぼろげながら国の姿が浮かぶ。元々、隣接周辺国との国力自体に大きな差は無かった。自国をより優位に立たせるための比較的穏やかな外交が行われると同時に、存在する脅威である人外を相手に人を存続させるために騎士団の交流や派遣が行われていた。
 その平衡が崩れたのが獣の門が開いたときだ。センチアレスに開いた門である以上は、まずはここが荒らされるのは明白だった。アズールたちもそうだったように義勇兵の募集も行われたが、同時に各国へ騎士団の派遣要請も行ったはずだ。たとえそれが今後の国の立場を危うくさせるものであっても、国の存続のために当時の王は決断した。しかし自国の防衛を優先させた各国は申請を却下。結果としてそれぞれの国が自らの力だけで国内を平定しなければならなくなった。
 現在を生きるものを尽く過去へと埋葬する幾多の闘争。その果てに終には双色の勇者が生まれる。
 一つの戦いに終止符を穿つ。ただそれだけでさえどれだけの人命が失われたとしても、人は勇者を賞賛し、栄光を称える。希望、あるいは逃れられぬ期待を背負わされた人間だということを忘れてしまって、しかし無条件に人の味方だと信じている。
 その勇者が勝利を得ることによって、この国は門の向こう側の領土を手に入れる。
 そこから先をアズールは直接知るわけではない。だが話を聞けば大筋は理解できる。
 最も早く国内を平定したのならば、次には国力を回復させることができる。まだ完全に国内を平定し切れていない各国を置き去りにする揺ぎ無い優位を築く。さらに領土を拡大したことにより新たな資源を確保できる。
 それは単純な脅威だ。
 たとえそれが事実と違っても、一国の力が極端に増加することを恐れた国々に行動を確定される程度に現実味があるのだろう。
 実際は調査に乗り出したところで、投資に見合うものが見つかるとも限らない。さらに当時の戦いを知るもののほとんどが世を去り、比較的平穏な時代に育ったものはバーキアという後ろ盾があることを理解しているために、どこか自らの命に対して真剣みが欠ける。
 アズールの個人的感想をいえば、強国というイメージからは程遠い。
 そして他国から狙われる理由は一応あるのだ。
 ここがあの過去の果てにある現在かと思うとアズールの胸中に複雑な感情が渦巻く。
 あの頃は、戦いが終わればそれで平和になると思っていた。
 いかに甘い考えだったか。
 平和を望むのならば、戦い続けなければならないのだ。
 だからバーキアはこの五十年を戦い続けてきた。アズールとの約束を守るために、平和を存続させていくために。
 いつかたどり着けると信じて。
 その是非をアズールは知らない。過去に対して、もしもを語るつもりも考えるつもりも無い。他の誰かがどうか走らないが、少なくともアズールは自らの選択が自らの意思と力によってなされていることを確信している。そこに後悔は一つとしてない。
 そうである以上は、目の前の問題を片付けるだけだ。
 だからといって観察を続ける以上に何ができるわけでもない。
 何よりアズールにはそれ以上の判断材料はない。あるいは酒の見せた幻かもしれないのだ。
 ただでさえアズール自身の存在がバーキアの手を煩わせている状況で、余計な問題を持ち込む必要も無い。まずは確証を得てからでも遅くは無いはずだ。
 そうして街の外縁で侵入可能と思われる場所を幾つか回ってきた。無論、表立って調べるわけにもいかないので気配を消して遠目から観察するだけだ。普段ならばいざ知らず、完全に気配を消せば気取られる心配も無い。あの獣たちを相手に奇襲を成功させるほどの精度にまで高めたアズールの過去の結晶の一つだ。余程動揺でもしない限り、探知結界すら突破する自身がある。
 だからといって視認されないわけでもない。誰の目にも当然映る以上、近づけば不審を抱かせてしまう。離れての観察にも限界がある以上は、結果も高が知れている。そもそもアズールは戦闘者であっても諜報員ではないのだ。獣との戦闘に明け暮れた日々が人々の機微を見抜く目を与えてくれるわけでもない。あからさまに不審な点があれば分かるが、そうでなければ判断の仕様がない。
 つまり全く収穫は無かった。
 嘆息が黄昏の空に溶ける。
 半日近く建物の上を飛び回って得たのは僅かばかりの疲労と、自分には向かないという至極全うな感想だけだ。こうなると分かっているのならば下手な捜索などせず、今までのようにふらふらしておけばよかったと思うが、もうどうにもならない。
「帰るか……」
 再度の嘆息が零れて、視線が下を向けば、見えた。
「いたか?」
「いや、結界にもはっきりとした反応はない」
 人に捉えられるはずの無い距離の会話だったが、アズールの耳は捉えた。目に入るのは八人の男たちだ。装いは街を行く人々との差異はないが、年齢にばらつきがあり、会話の内容に差異がある。人を探すことがあるとしても、普通は結界にまで言及しないだろう。そうなると可能性としては国に関わるものに絞られてくる。
 加えて、普通は懐に刃を忍ばせないだろう。はっきりと刃と分かるわけではないが、それに準じる何かだ。アズールは確かに人を見る眼に長けているわけではないが、だからといって何もかもに鈍いわけではない。見下ろす男たちは、アズールにとって分かりやすい存在だ。
 下にいるものが誰だか知らないが、鍛えたものとそうでないものの差は何気ない動きで分かる。特に、八人全員で死角をなくそうと視線を巡らせているのは訓練された動きだ。それが騎士団のものか、守人のものかは判別がつかないが、少なくとも任を負ってここにいるのだろう。
 しばらく辺りを捜索していたようだが、目当てのものが見つけられないと分かると即座に移動を開始した。見切りが早いのか、それともそれだけで十分なのかはアズールには分からない。
 ただ興味が惹かれた。
 あの顔ぶれは、先ほども別の場所を見張っている際に見た。それも一度だけではない。今日、幾つかの場所を回ってきたが、そのほとんどで見ている。もしかしたらアズールが見落としているだけで他の場所でもそうだったのかもしれない。
 偶然で片付けるのも芸が無い。
 あるいは悪戯心といってもいいかもしれない。本職のものたちに気取られない自分というものに密かな優越感を抱いたことも否定できない。国が追うものを知りたいという野次馬根性かもしれない。
 その先にきっと騒乱があると期待している部分が何よりも一番大きかった。
 知らず、自らの内に騒乱という言葉が浮かび上がり、心が跳ねた。
 その動揺を悟られたのか、八人の中で一番年配の男が振り向く。咄嗟に身を隠したおかげで見られはしなかったが、危ないところだった。老いを隠さぬ白髪の男は、あるいは獣との戦いを経験しているかもしれない。ならば、今の平和な状態で育ったものよりも感覚が鋭くても何の不思議も無い。
 見つかったところで別に悪さをしていたわけではないので問題はないはずだが、いい印象を与えはしない。本職の邪魔をしては悪いと反省しながらアズールはその場を後にする。

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