双色の勇者

いつか果たされる約束
果たすために全ての力を尽くし
その先に何があるのか

 バーキアの邸から人の賑わいの方へと歩いていけば直ぐに大通りへと出た。今は時間も相まってか騒々しいと感じるほどの賑わいを見せている。アズールの知る当時も王都の大通りは賑わいを見せていたが、目の前の光景はかつてよりも盛況に見える。
 当時は戦時中ということもあって物資の消費は抑えられていたが、今は違うのだろう。笑顔が多く、活気もある。仕事に精を出すものも、束の間の休息を楽しむものも、誰もがこの雑然とした賑やかさを作っている。
 人の流れを通りに沿って歩けば王都の中心までたどり着く。目の前の城の中にバーキアはいるのだろう。あるいは懐かしい面々に会えるのかもしれないが、今は無理だろう。まず門を通れるとも限らない。当時ならいざ知らず、今のアズールを知っているのはバーキアぐらいだ。
 またいずれと思い、城の外壁を回って向こうの通りへと足を伸ばす。未だ昼を回ったばかりだが、口の寂しさに気づけば露天商に通貨を一枚渡していた。
「昨日、こっちに着いたばかりなんだけど随分と賑わってるね。何かいいことでもあったの?」
「いやいや、これがこの街の平常さ。五十年前、人外の獣たちの侵略を双色の勇者と呼ばれる二人を筆頭に退けてからはこの国は繁栄の一途さ。まさか知らないなんて言わないよな?」
 知らないわけではないが、知っているわけでもなかったのでアズールは曖昧に頷いておいた。
「赤橙の勇者のバーキアが筆頭魔導師になったのは知ってるよ」
「おいおい、バーキア様だろう!? 滅多な口をきいたらいけないよ!」
「……ああ、ごめんごめん。結構人当たりの良さそうな顔だったんでつい気安く呼んじゃったよ。そうだよな。バーキア様だよな」
「そうそう。あの人のおかげで現在の繁栄があるんだからよ。人外の獣たちの掃討と、またそれに伴う新たな人外の脅威に対しても騎士団を率いてこの国を守ってくださってるんだから。それに最近は向こう側の開拓にも成功して、新たな資源を手に入れることで更なる発展が進んでいるんだよ」
「へえ……」
 迂闊な一言が招いたバーキアの賛辞はそれからしばらく続いた。店主がよほどの信奉しているのか、あるいはそれほどにバーキアが凄いのか。判断はつかないが、分かることは一つある。
 バーキアは五十年活躍し続けてきたのだ。
 当時、二十を過ぎた辺りから五十年。力で老化を遅らせたとしても、初老と表現するより他ないバーキアの姿を思い出せば、苦労が偲ばれる。並大抵の苦労ではないだろうし、二十数年分の経験しか持たないアズールには想像することもできない。
 この現在がバーキアの活躍の一つの結果だ。
 いいじゃないか。
 素直にそう思う。
「ところで」
「うん?」
「双色の勇者ってことはもう一人いるだろ? 紫紺の勇者が」
「ああ、そっちね」
 バーキアは様付けでアズールはそっち呼ばわり。かつては同じ勇者として国に担がれていたにもかかわらず、現在の格差が身にしみる。
「当時を実際に知っているわけじゃないけど、もう一人の勇者は向こう側で命を落としたらしいね」
「え!? まじで!?」
「まじかどうか確かめようがないけど、国がそう発表したんだよ。命を賭して仲間と国を守ったって、ね。仲間であり友であったバーキア様はその犠牲に報いようと力を尽くしたって話だよ。まあ、バーキア様と比べたらマイナーだよ」
「マイナー……」
 自らの知名を殊更に誇るようなことはなかったが、面と向かってマイナーと言われれば流石にへこむ。五十年も活躍を続けるバーキアに比べれば無理もないと理解できるが、死んでいるとは驚きだ。五十年も音沙汰がなければそれも当然かもしれないが。
 名乗ってやろうかとも思ったが、面倒ごとは嫌いなので黙っておいた。当時ですら勇者の奈は煩かったこともあるが、バーキアから面倒を起こさないようにも言われている。
 それでもやはり少し落ち込む。
「――――」
「どっ、どうしたよ兄さん!?」
 瞬間、視線を感じて振り返るがそこには人の流れがあるだけでアズールへと視線を向けているものはいない。いや、いないことはないが誰も一目見ただけで直ぐに目線は戻している。
「気のせいか……視線を感じたんだが……」
「そりゃ兄さん、見ない顔だからきっと物珍しいんだよ。それにほら、綺麗な紫の髪と瞳してるしさ。女の子にも人気あるでしょ?」
「残念。そうだったら嬉しいんだけどね」
 触れられたことはあっても、女の子に触れたこともない。
 とにかく概ね聞きたい話も聞けたので、礼を言ってその場を辞す。今日一日で現在の全てを見ることは不可能だろうが、見ているうちに時間は経つだろう。そうすればバーキアも戻っている頃合だろう。
 それに確かめたかった。静かに感覚を切り替えながら街を歩く。
 先ほどの視線は警戒の度合いを高めたからこそアズールも感じることができたのだ。それまでは全く気にしていなかった。平和な街中で一々視線を気にするような日々を送ってきたつもりはアズールにはない。
 勘違いなのかもしれない。五年も向こうで寝たままですごしたのならば感覚が鈍っていてもおかしくない。あるいは敏感に感じすぎたのかもしれない。
 恐らくは気のせいだと思いながらも警戒は怠らない。間違っても面倒ごとをバーキアに近づけるわけにはいかない。心当たりがなくとも面倒ごとはお構いなしが世の常だと知っている。あの時も突如として人外の獣たちが現れたのだから。
「…………」
 当時を僅かに思い出しながら見て回る。昨夜は色々あってゆっくりと見ることができなかったが、やはり当時とは変わっているものが多い。昔はあったものがなくなっていたり、新しい何かができていたり、昔のものがそのままあったりと、人のいる街の新陳代謝とでも言うべきものが見て取れる。それは見ているだけでも飽きないものだ。
 気づけば自分の居場所すら分からなくなるほどには。
 視線の意味を問うために周囲に注意を払っていたが、よく分からない場所に出ていた。路地裏というよりも閑散としているが、乱雑ではない。人の流れから外れた場所にあるということは住宅地だろうか。人の気配はするが、さほど多くはない。
 来た道を戻ればいずれ見覚えのある場所に出られるのだろうが何となくしたくない。それよりも未知を楽しむべきだと心が足を進める。自分がいたころとの差異を確かめながらいくのはやはり楽しいのだ。
 やがて周囲が建物に囲まれた空白が見えた。行き止まりかと思って戻ろうとすると、子供たちの声と乾いた打音が聞こえたのでそのまま進む。
 すると、子供たちの剣劇がそこでは繰り広げられていた。
「我が名は双色の一。赤橙の勇者バーキア・ホーキンス!」
「同じく双色の一。紫紺の勇者アズール・メー……何とか!」
 悲しい名乗りを二人の子供が上げて、三人の子供たちに向かっていく。どちらも木剣を手にしているが、対峙の構図は双色の勇者と人外の獣たちだろう。当時でも偶に見た遊びだ。当時はこれほど知名度の差はなかったが。
 勿論子供たちはアズールにお構いなしに木剣を振るって物語を作っていく。勇者の剣が獣を断ち、友に向かう爪牙を剣で防ぐ。そして最後の一頭を両断したところで物語は閉じる。
 バーキアは剣を振るわなかったが、そんなことは関係ないのだろう。勇者が敵を倒して勝利を得る。要はそれだけであり、その役をやりたいだけだ。いつの世も子供というのは何かに憧れを抱き、自分を高めるものだ。
「アズールの剣を教えてやろうか?」
 懐かしいと思っていたら口からそんな言葉が飛び出ていた。あるいは自分の名が子供たちの口から上ったことが嬉しいのかもしれない。
 子供たちは突然の闖入者に今まで気づいていなかったようで驚いていたが、アズールを名乗った子供が他の子供たちよりも先に反応し、
「オッサンに用はねえよ」
「おっさん……!?」
 アズールの心を抉る。
 五年を考えてもまだ三十路手前だ。おっさんじゃないお兄さんだと自分に言い聞かせるが、もうそれだけで子供たちは勢いを得て次々に口を開く。
「そうだよオッサン。大体アズールなんてマイナーな勇者は人気ないんだよ」
「今はやっぱりバーキアだよな。強力な魔法一撃でガツンだもんなっ」
「そうそう。今は剣よりも魔法だよなー」
 その手にしているのは何だと思いながらもアズールは堪える。所詮は子供の戯言だ。そもそもアズールがいきなり口を出したのが悪い。
「大体オッサンが剣なんて振れるのかよ?」
「いいぜ? 五人いっぺんにかかって来いよ。その代わり、俺が勝ったらおっさん呼ばわりを――」
 取り消してもらうぜ。そう言葉を続けるよりも先に子供たちが動いていた。
 五人が一斉に木剣を投擲し、アズールの股間へと吸い込まれる。
「おぅふッ!?」
 完全に油断していた。戦いの中で奇襲は有効な手段の一つだというのに忘れていた。耐えられない鈍痛が、膝を折らせ、額を地面につかせる。かつての戦いの中でもこれほどの状態になったことは滅多にない。
「ガキ相手に本気になるとかマジ信じられねぇ」
「バーカバーカ」
「行こうぜ。おっさんがうつっちまう」
 痛みに悶えて反論もできないままに子供たちが去っていく。
「クソガキどもめ……」
 ようやくそれだけ言葉を搾り出したが、勿論もう誰もいない。今度出会ったら不意打ちも辞さない。沈みいく日を浴びながら静かに決意を固める。
 同時に、実感が得られる。
 当時の大人の目を気にしなければいけない殺伐とした雰囲気はなく、遠慮なく子供が子供でいられる時代。例えそれが股間への投擲だったとしても、昔とは違うことを感じさせる。
 平和なのはいいことだ。
 これが守れた世界だ。
 何故か零れる涙と共にそう思った。

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