行くもの去るもの

かつて男がいた
国のため友のため戦った
男がいた

 アズールは自分を賢いとは決して思っていない。必要最低限のことすら偶に忘れる。さらには最も重要なことも忘れたりもする。うっかりという言葉では済まされない事態も今までには何度かあった。
 それでも何とかなってきたのは隣にバーキアがいたからだ。根拠の余り無い自信と共に前へと進むアズールをバーキアが取りこぼし無く支えてくれたからこそ、ここまで来ることが出来たといっても過言ではない。
 そのバーキアがいないから今のような惨状になる。
 追うべきものの方向は確かめたが、人相までは確かめなかった。意気揚々と村を出たのはいいが、しばらく道を進んでから気づいた体たらくだ。村に戻って話を聞けばいいだけだが、今更それは恥ずかしい。
 特徴といえる特徴は、瞳に力がある。それもやけに。
 ただそれだけの情報で老若男女の区別すらない。ごまんといる人の中からそれだけの情報で人を探すことなど不可能に近い。軽い自己嫌悪に陥るが、しかし直ぐに気を取り直す。
 初めてのことなのだから仕方が無い。
 前向きに生きなければならないのだ。
 今まではバーキアが助けてくれた。仲間が助けてくれた。全ては人伝の世界だったが、今度は自分で確かめられる。それは意外にも純粋な楽しみとなりうる。
 強がりだが、今までの人生も強がりの塊のようなものだった。強がりが本当の強さだと誤解されてからは、他人の期待まで背負う羽目になり、強がりを通すしか無かった。そう考えれば、自分に正直に生きられる今はそう悪いものではないのかもしれない。
 沈んでばかりもいられないのは確かだが、しかしこの状況でも楽しみを見つけられる自分に驚く。多少無理やりにでも思考を前向きにしたことが功をなしのか、それとも案外図太いのかもしれない。いや、そうでなければ戦い続けることは出来なかっただろう。あの戦いの中でどれだけのものが死んだのか。それでも戦いはやめなかった。誰もが勝利を目指して、そして掴めずに死んでいった。ならば同じ先を目指したものが掴まなければならない。そうして戦いが終わった後でも多くのものが死んでいた。彼らは満足だったのかどうか。悔いが無かったのだろうか。それを確かめることはもう出来ない。
 だからこそ、とアズールは思う。悔いなく死ななければならない。少なくとも悔いを残して死ぬことを誰も喜んではくれないだろう。それが出来るかどうかは分からないが、やろうと思う。
 バーキアにとっての自分は後悔にならないだろうか?
 ふと思うが、もうどうにもならないことだ。
「男のことで頭を悩ましても詰まらんだけだしなー」
 誰もいないことが分かっていたから、敢えて声に出す。悩んでも仕方が無いことが言葉に乗って頭の外へと出ればいいのにと、詮無く思う。
 それにしても誰もいない道だ。村から広がるなだらかな平野を貫くあぜ道には遮蔽物など一つも無く、だからこそ無人と分かる風景が広がっている。アズールの行く足は決して遅いわけではないが、先を行くはずの人影はまだ見えない。
 バーキアからもらった旅装の中に地図はある。確認してみれば、王国の端へと向かう道だ。本来ならば人外領域である森を大きく迂回しなければならなかったのだろうが、アズールは単純に最短距離を進んだためか随分と王都から離れた位置にいる。この先を進んでも、当分大きな街は無い。あるとしても村落を結ぶ集荷場のような町だけだ。
 つくづく先行しているはずの人物の思考が読めない。職を求めるのならば中心部へと向かうだろうし、安全を求めた場合にしてもそうだ。王国の中心ほど整備されているのは当然だ。ならば逆を行く理由とは何かと考えるが、思いつかない。わざわざ国境を越える労を払ってまで国を出る理由というのも見つからない。
 それこそ危険を求めているかのようだ。
 人の手が入らない場所には当然人外の影響が大きい場所がある。それこそ不条理としか表現できないような状況の場所もあるだろう。
 しかし、だからといって人間がわざわざ人外の領域へと進む理由が分からない。
 アズールやバーキアが勇者として戦場へといったのは、そこが人に必要な場所であり、またそこに人的被害があったからだ。国から要請を受けて、初めて向かう。
 現在においても変わりは無い。勇者が直接向かうことはもう少ないだろうが、代わりに編成された騎士団が向かい討伐を行う。
 わざわざ一人で危険へと向かう理由などどこにも無い。
 考えれば考えるほど不思議だ。不思議だが、その答えを持つ人物にはまだ会えない。
 もしかしたら道が間違っているのかとも思うが、国境へ向かう道は一本道だ。それこそ寄り道でもしない限りは追いつけるはずだ。
 そう言い聞かせて道を進んでいくと、戦いの気配があった。
 自らが随分と敏感に反応したことにまず驚く。だが当然かもしれない。この身の内にいるのは獣の王だ。世界を平らにするために世界を放浪する獣たちの主だ。
 まだ距離はある。道からは外れるが、それほど遠くも無い距離だ。
 今ならばまだ避けることは出来る。
 思考に割いた時間は一瞬だった。
 興味がある。
 人外を相手に引くでもなく、殺されるでもなく、戦いの気配があるという現実に。
 恐らくは、戦いの中にしかアズールの求める力は無いのだから。

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