決意の在り処

在るのならば答えられる
無いのならば答えられない
その程度のものではない

 通常ならば起こり得ないことが起きていた。
 いや、バーキアの知る狭い常識などで全てを語ることはおこがましいのだろう。しかしバーキアが国というものに積極的に関わるようになってから初めての出来事だ。
 国境付近で騎士団が展開されている。
 理由は国境付近で強大な人外が出現したとの報告があったから。
 それだけならば国として当然の対応だろう。早々に対処せねば人の被害は広がるばかりで、勝手に止まる理由は無い。騎士団はそのためにこそあり、上に立つものもそのためにこそいるのだ。何の疑問も挟む余地は無い。
 ただし、同時に三国も同じ対応を取れば話は別だ。
 バーキアの属するセンチアレス王国と国境を挟んで位置する三国が同時に騎士団を展開。人外が出現したからという理由だが、その情報の確度は怪しい。少なくともバーキア自身にはそのような情報は届いていない。
 そもそも情報の発生から騎士団の展開までが早すぎる。遅いことに意味は無いが、情報を精査せずに騎士団を向かわせれば死骸を増やすだけだ。必要な装備に、必要な人員を見極めなければ人は容易く人外に屠られる。
 それにもかかわらず、三国は騎士団を展開した。
 人外を相手にするうえでは、無謀とも取れる指揮だ。
 だが仮に、人外が存在しないとしたら。
 何を相手にするつもりなのか。
 考えたくも無い考えだが、バーキアは考えなければならない立場にいる。
 少なくとも、他国は人外がいるとして騎士団を展開している以上は、この国もまた騎士団を派遣しなければならない。完全に他国内ならば問題はないが、国境付近となると、話は違う。こちらが騎士団を展開しなければ、相手に全てを任せてしまうことになる。たとえ実際に人外が存在しなくとも、そう受け取られてしまう。
 人外への対抗義務を怠ったとして槍玉に上げられるのは目に見えている。
 人外が存在しないことを証明できれば、問題はない。だが、不在の証明を可能とするだけの力をバーキアは持っていない。そうである以上、騎士団の派遣は避けられない事態だ。
 そして騎士団を展開する以上は、三つ全てに展開しなければならない。センチアレス王国が有する騎士団はそれほど大規模なものではない。それを割かねばならない。
 仮に人外がいたとしても、いなかったとしても、どちらであろうとも他国が積極的に行動を起こすとは思えない。戦いとなってしまえば損害は必ず発生し、それは国力の低下を招く。
 だから狙いは別のところにある。
 センチアレス国内の戦力を分散させ、釘付けにする。必然的に手薄になるのは、王都近辺だ。どうしても戦力を割かなければならない以上は、仕方のない事態だ。
 その程度は勿論予測している。そしてその程度では問題にならない。
 国境付近に騎士団が展開している以上、大規模な勢力の越境は不可能。仮に少数が抜けたとしても、少数では意味が無い。既に国内に潜伏している可能性もあるが、大規模な勢力が何の動きも感じさせないのは無理だ。組織が大きくなればなるほど、隠蔽は難しくなる。バーキアの情報網には警戒に値するほどの動きは伝わっていない。
 つまり狙いが全く分からない状況だ。
「後手に回るしかないな……」
「相手の狙いが分からない以上は、備えるしかありません」
「全く……性にあわないことばかり起こる」
 副官に零したところで事態は好転しない。それでも手を打たなければ、それだけ遅れをとることになる。
「各大臣に直ぐに連絡を。直接会って話がしたい」
「王へはどうします?」
「状況把握が出来てからでないと二度手間になる」
「分かりました」
 副官は直ぐに部屋を飛び出していく。そうかからないうちに手配は整うだろう。その程度には有能だ。
 では、その上に立つバーキア・ホーキンス自身はどうか。
 それを判断するものが誰かは知らないが、自らの判断で言えば無能ではない。それだけだ。
 双色の勇者の一。赤橙の勇者。筆頭魔導師。
 肩書きは数あるが、どれも独力で手に入れたものではない。アズールを始めとした仲間達が手に入れられなかった勝利を評価されたが故のものだ。それにもかかわらず、この立場にいるバーキアは独りだ。
 そもそも有能であれば、このような事態は起きていないはずだ。
 アズールが王都を去ったあの日、戦いがあったと言う事実を残すためにバーキアは派手に立ち回った。恐らく、そうしなければ戦いという事実が認められずに、アズールの死は疑われたままだったろう。
 バーキアには他の方法は思いつかなかった。
 それ故に他国は行動を決意したのだろう。
 この国は恨まれている。そこまではっきりとした感情ではなくとも、嫉妬されている。他国に比べ、人外の獣を最も早く打倒したことによりいち早く復興を遂げ、さらには門の向こう側の世界までも手中に収めた。
 内実はどうであれ、他国の理解はそのようになっている。
 それが今まで手を出されなかったのは、他国の体勢が整っていなかったこともあるだろうが、何よりも勇者としてのバーキアの存在が大きい。どう言おうとも、人外の獣を打倒したのは双色の勇者を始めとしたものたちであり、その事実に嘘は無い。
 他国にも語られる名はあるが、勇者の名を冠したのは双色の勇者だけだ。
 その力はかつてを経験したものであれば当然のように知っており、かつてを知らずとも現代においてもバーキアの功績は、対人外において常に更新されている。
 老いたとはいえ、赤橙の勇者を正面から敵に回すだけの自信が他国には無かったのだ。
 しかし、あの夜にその認識は覆った。
 バーキアは派手に戦闘の痕跡を残している。すなわち戦闘があったという事実を告げている。
 結果はバーキアの勝利が伝えられているだろうが、それが圧倒的であったかどうかは判断の分かれるところだ。本来ならば、圧倒的というただ一語で語られるべき結末が揺らいでいる。
 その事態から、理解するものは理解するだろう。
 勇者と戦えるものがいる。
 あるいは勇者は既に人が戦える存在ではないのか、と。
 元より人の身であるバーキアからしてみれば馬鹿げた話だが、世界の認識はそうなっている。勇者は最強であり最上の人間。だからこそ畏怖と共に手出しが控えられていた。
 そうでないと分かった以上、これから厄介ごとは増えていくだろう。
 真に頼れるもののいないバーキアにとってはもう投げ出してしまいたい状況だ。
 それでも、そうしないのはバーキアの胸の内に遺されたものがあるからだ。
 たった一つの決意。ただ一つの誓い。
 かつてより続く現在にて、未だ遠いいつかを目指して。
 ならばやはり諦めはありえない。
 ただ独りであろうとも、関係ない。
 瞳は前を見る。
 前だけを見る。

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